HP内の目次へ・検索もできます!  『近代日本のステンドグラス』 -木内真太郎資料を中心に-

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京都発大龍堂通信:メールマガジン通巻14388号 2019年1月13日
PDF『近代日本のステンドグラス』-木内真太郎資料を中心に- 『近代日本のステンドグラス』
-木内真太郎資料を中心に-

日時:2018年12月17日(月)~2019年2月23日(土)
    10:00-17:00(入館16:30)

休館日:日曜・祝日、1月19日(土)
場所:京都工芸繊維大学美術工芸資料館2階(第4展示室)
〒606-8585 京都府京都市左京区松ケ崎橋上町1
 TEL:075-724-7924
入館料:一般:200円、大学生:150円、高校生以下無料
※京都・大学ミュージアム連携所属大学の学生・院生は学生証の提示により無料。
※身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳、戦傷病者手帳または被爆者健康手帳をお持ちの方及び付添の方1名は無料です。
(入館の際は、手帳の提示をお願いします)。

主催:京都工芸繊維大学美術工芸資料館
監修:金田美世
企画:石田潤一郎、三宅拓也
協力:玲光社木内ステンドグラス
協賛:株式会社ユニオン、東リ株式会社、株式会社竹中工務店、三協立山株式会社、
   株式会社安井建築設計事務所
西洋建築に欠かせない要素の一つにステンドグラスがあります。色ガラスを沿線でつなぎあわせて図像を描き、これを透過光で眺める-その夢幻的な美しさは極東の島国の人々をも魅了しました。この技法をドイツで学び、日本にもたらしたのは宇野澤辰雄(1867-1911)です。木内真太郎(1880-1968)は、この「日本のステンドグラスの祖」の直弟子として、明治末期以降、数多くの作品を残しました。木内は福島行信邸(1907年)をはじめとして、京都高等工芸学校図案科教授を務めた武田五一(1872-1938)の作品にもたびたび参加しています。武田は自らの作品にステンドグラスを多く用い、建築と工芸を架橋して展開した独自の図案教育においてもこれに取り組みました。木内の協働者となった三崎彌三郎(1886-1962)をはじめ、建築家や図案家として、木内が製作したステンドグラスに関わった卒業生は少なくありません。
日本のステンドグラスの歴史は、アメリカでその技法を学んだ小川三知(1867-1928)については比較的詳しく知られているものの、概説的な記述にとどまっていました。そうしたなか新たな知見をもたらしたのが、木内真太郎の玲光社を引き継ぐ木内秀樹氏のもとで大切に保管されてきた資料群です。金田美世氏はこの木内真太郎資料を精査し宇野澤辰雄の工房やそれを支えた木内の仕事を明らかにしてきました。
今回、金田氏の監修によって、これまでほとんど知られることのなかった木内真太郎資料のエッセンスを紹介します。加えて、武田五一が収集した実物資料や当時の学生作品など、京都工芸繊維大学美術工芸資料館が所蔵する関連資料によってステンドグラスの黎明を支えた図案教育を振り返ります。これらを通じて、近代日本におけるステンドグラスの歩みと達成点を考えてみたいと思います。
・木内真太郎プロフィール
1880年大阪府生まれ。日本生命大阪本社(1902年)などの建築工事に従事したのち、野口孫市の勧めでステンドグラスの道に進み、1907年から宇野澤辰雄のもとでステンドグラス制作を学ぶ。宇野澤の亡き後、1912年に別府七郎と宇野澤組ステンド硝子製作所設立。別府の独立後、1920年に本店を大阪へ移し、のちに玲光社へと改称。以後、大阪を拠点にステンドグラスの製作を続ける。1968年、逝去。技術と工房は3代目・木内英樹氏が引き継ぐ。
詳しくは:
http://www.museum.kit.ac.jp/20181217k.html



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