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京都発大龍堂通信:メールマガジン通巻15838号 2020年7月10日
刊行予定日:2020年7月17日 ご予約下さい!
『京都発・庭の歴史』
『京都発・庭の歴史』

著:今江秀史
発行:世界思想社
定価:(本体2,400円+税)四六・232p
978-4-7907-1743-0
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先入観をぶっ飛ばし、庭の見方を変える旅へ!文化財保護に長年携わってきた哲学研究者が、平安から現代までの千年をガイド。見た目や美しさだけではなく、知られざる使われ方に注目し、庭の本性を浮き彫りにする。
[目次]
序章  時を越えてつながる小学校と平安貴族の住宅
第1章 使わなければ庭ではない─平安時代
第2章 見映え重視のはじまり─平安後期〜安土・桃山時代
第3章 百「庭」繚乱─江戸時代
第4章 庭づくりのデモクラシー─近代
第5章 伝統継承の最前線に立つ人々─現代
終章  庭の歴史と現象学

▼本書で紹介する庭の一部
怡園/勧修寺/桂離宮/京都御所/居然亭/銀閣寺/小石川後楽園/廣誠院/修学院離宮/大覚寺/醍醐寺/大徳寺/天龍寺/東福寺/並河邸/西本願寺/二条城/平等院/円山公園/壬生寺/武者小路千家官休庵/無隣庵/藪内燕庵/六義園/立本寺/龍安寺

――はじめにより
 本来「庭」とは、「見る」ためだけのものではなく、「使う」ためのものです。これまで「庭園」の本は数多く刊行されてきましたが、そこで語られる内容は様式やデザイン、作庭家のことが中心で、実際の使われ方についてはほとんど語られてきませんでした。
 そもそも見た目や美しさにより解釈されてきた「庭園」は、日常の生々しい現象である「庭」とは別のものです。なぜなら「庭園」とは、本書で挙げる四区分の庭のなかから一部の学問のルールにとって都合のよい事柄だけを抜き出して合成した「偶像」だからです。そういった学問ではこのことに触れないまま、まるで「庭園」が「庭」のすべてであるかのように論じてきました。ギリシア神話において、ライオンの頭とヤギの胴体、ヘビの尾をもつ怪物のことを「キメラ」といいますが、まさに「庭園」の本で語られてきたのは「庭のキメラ」なのです。
 庭がキメラ化を起こす第一の原因は、本来であれば生々しい現象である庭を無理に静物として扱おうとすることです。
 また、発掘調査によって古来の庭が発見されて整備されるときにも、キメラ化が起こることがあります。埋没した庭が発掘で検出されると、歴史の検証を踏まえて、よく整備されたうえで公開されます。これは私も実際に経験したことなのですが、現代でも使われている庭の修理にあたっては、事前の調査で偶然発見された遺構が、部分的に整備されることがあります。それは従来知られてこなかった現物が再び見られるようになったという意味で、喜ばしいことです。しかし、安易にそんなことをしてしまうと、時代の流れのなかで存続してきた現在の庭に、同時に存在しえない過去の断片が混在するという奇妙な状態を引き起こすことになります。こうして庭がキメラ化してしまうと、たとえ説明が添えられたとしても、後世の人々に誤解を与えかねないでしょう。
 さらに庭のキメラ化の遠因として、その起源が定まらないことがあります。これまで行われてきた発掘調査では、庭と姿かたちが似ている祭祀場や方形池、磐座(神の依り代となる岩石)、ストーンサークルなどといった遺構が検出されてきました。もとより時代をさかのぼるほど文字の記録が希少であることから、庭の遺構の発見は、ミッシング・リンクの解消につながり、その歴史の体系化が一気に進むと期待されました。しかし結局のところ、無文字社会の出来事はかならずしもその後の史料と照合できないので、庭の起源はいつまでたっても想像の範囲を出ることがありません。
 人間のルーツが人骨という「物」のDNA解析でたどられるのとはちがって、「事」を交える庭の起源を遺跡だけから明らかにすることはできません。そこで本書では、庭の起源を探ることをいさぎよく諦めて、確実に史料が残る平安時代から出発することにします。もちろん史料がある時代の庭という点では、奈良時代を含めるべきでしょう。しかし、私がある学会の見学会で、平城京宮跡庭園(奈良県奈良市)の修理現場を訪れたさいに、平安京内の遺跡と比べると、そのつくりは、耐久性や堅牢性への関心が薄いとみられ、双方の「質」が同じであるかについては、あらためて検証の余地があるという話題になりました。そのような経緯から、本書では奈良時代を取り上げるのは見送ることにしました。
 さらにいえば、従来の「庭園」の本において、日本あるいは中国、イギリス、フランス、ドイツなど、国ごとに「庭園」を分類してきたことも、庭がキメラ化してきた原因といえます。そもそも日本の庭のルーツが中国と朝鮮にあるのはいうまでもありません。外観上はそれぞれちがって見える庭であっても、それらはどこかで中国・朝鮮とつながり、さらにはシルクロードを通じて西洋とも関わりがあるのです。にわかに信じがたいかもしれませんが、ベルサイユ宮殿の前面に広大な敷地があり、背面に広大な植栽帯と池が設けられている状況は、京都御所の紫宸殿の前庭と隣接する園池の関係と重なって見えます。また私からすればスペイン住宅の中庭であるパティオも、京町家のいわゆる坪庭と同じようなものです。
 これから本書で解説する庭の基本を理解すれば、すべてのキメラ化の原因を取り除く処方箋になるだけではなく、世界中の庭に共通点を見出すことができるでしょう。
 私は京都市文化財保護課に所属してきた、文化財の分野ごとに配属された専門技師の一人です。担当は、主に嵐山や醍醐寺三宝院、龍安寺方丈の庭などといった「名勝」です。また、役人としての仕事とは別に、「現象学」という哲学にのっとった庭の学術研究を行っています。いわゆる、在野の研究者です。本書は、技師としての仕事と私個人の研究成果にもとづいた「庭」の歴史の案内書です。
 まず序章では、平安時代から続く庭の基本的な四区分と言葉の整理をします。第1章から第4章にかけては、平安時代から近代までの庭の使われ方をたどると同時に、各時代の人々が庭に求めた意味をひも解いていきます。そして第5章では、まさに現代の庭仕事の実情を描きます。終章では、本書の考え方の原点である、十九世紀のドイツで生まれた哲学「現象学」を通して、庭の本性を浮き彫りにします。
 本書をお薦めしたいのは、庭に興味があって旅行などでも訪れるけれども深入りするには抵抗感がある、これまでの案内書で庭の歴史を理解することができなかったという方です。また、庭や建築の仕事や研究をしている方は、批判や議論の対象としてお読みくだされば幸いです。芸術学や考古学、人文地理学、人類学、歴史学など、間接的に庭と関わる分野、さらには日常生活を念頭に置く現象学などの哲学の研究者にも関心をもっていただけるでしょう。
 本書を一読すれば、きっと庭はもちろん住まいに対する見方が一八〇度変わって、日常生活で身近にある庭と建築の関係を系統立てて理解することができます。そうすれば、観光や勉強のために古い庭や建築を訪れたときには、どの部分が過去を引き継いでいて、どこが新しいかを判別しやすくなります。また何気なくみるかぎりでは、住まいのなかの空地と思えるような一画も、生き生きとした意味のある庭として認められてくるはずです。その結果として、毎日の移動から旅行先での体験までもが豊かで充実したものになるでしょう。
著者について
今江 秀史 (イマエ ヒデフミ)
1975年山口県生まれ、京都府京都市育ち。
京都造形芸術大学修士課程修了。大阪大学人間科学研究科博士後期課程修了。人間科学博士。現在、京都市役所勤務。専門は、庭の歴史や仕組み・修理・維持管理・職人言葉の研究、現象学的質的研究。著書に、『王朝文学と建築・庭園』(共著、竹林舎、2007年)、『京都 実相院門跡』(共著、思文閣出版、2016 年)。



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