HP内の目次へ・検索もできます! 鳥取県出版文化賞受賞 『改訂版 国宝 三佛寺奥院「投入堂」』 -解けた謎。深まる謎。-

15428号    15432号



先人の知恵 創設 『電子図書館』
建築関係図書(古文書) 建築関係図書(現代本) 一般書関係図書 CADデジタルデーター館

京都発大龍堂通信:メールマガジン通巻15430号 2020年1月30日
PDF鳥取県出版文化賞受賞 『改訂版 国宝 三佛寺奥院「投入堂」』 -解けた謎。深まる謎。-
鳥取県出版文化賞受賞
『改訂版 国宝 三佛寺奥院「投入堂」』
-解けた謎。深まる謎。-


著:生田昭夫
発行:堂計画室
定価:(本体3,500円+税)A4・176p
送料をお選び下さい!★タイトル・著者・発行所・定価・ISBN等をコピーして下さい・★ご購入フォーマットのご注文書籍名に貼り付け下さい!

◆簡単メールご注文(E-mail)から。
鳥取県出版文化賞受賞
鳥取・倉吉・三佛寺―郷土を愛する建築家
生田昭夫君の『国宝三佛寺奥院投入堂』の刊行によせて
このたび生田昭夫君は40年近く取り組んでこられた三佛寺投入堂の建築についてまとめ、その思いや疑間を「次の世代への手紙」として託し、刊行されることになりました。
生田君は東京学芸大学に通いながら、早稲田大学理工学部の産業技術専修学校の建築科(現在早稲田大学芸術学校)でも学び、2校とも卒業した後、教員の道を歩まずに建築家の道を選ばれ、故郷鳥取県の住宅公社の建築技師となりました。私はその専修学校の講師となつたばかりで、最初の教え子が生田君でした。当時1970年代は、安保改定やベトナム戦争、大学紛争と、国や大学も激動の時代でした。生田君が県の住宅公社に13年ほど在職後、退職して設計事務所を設立したのは、郷里“倉吉"のまちづくりに専念しようという一念からであつたようで、昭和55年(1980)に書かれた『倉吉考』では倉吉のまちづくりの取組みについて多面的に考察されています。そして倉吉の古い商家の町並みを調査し、実測を続けたのでした。
生田君が三佛寺との関わりを持つようになつたのはその頃からのことのようで、平成7年(1995)には三徳山周辺の景観問題を取り上げて関係機関を促し、さらに平成13年から15年(2001〜03)まで、多くのボランティアに呼び掛けて、風雨で緩んだ文殊堂や地蔵堂の床下の貫の楔を打ち締める作業を行つています。
伝建地区から寺院・ホスピス・医院・住宅。喫茶店の建築まで《地域の文化は地域で守る》―味違つた設計を手掛ける、まさに町医者的な建築家となつた生田君は、昭和49年(1974)の地蔵堂、文殊堂、納経堂の修理工事や平成15年から18年(2003〜06) まで文化庁が行つた地蔵堂、文殊堂、納経堂、投入堂の修理工事の際に様々な疑問を抱き、その解決にT人で飛び回ることになります。
それは投入堂が国宝に指定された明治37年(1904)前後のことから始まり、実測図面探し、大正期の修理の解明、そして投入堂の現状から抱いた疑問点や、用材の伐採時期との照合、塗られていたベンガラの分析、舟肘木や角柱などから見た堂宇の移り変りなど、本来文化庁が行うべき調査内容も含まれています。
投入堂には、建築的なアプローチだけでは解きほぐせない多くの謎が今なお秘められています。三佛寺には正倉院献納仏と共通するア世紀の飛鳥時代の金銅仏や、中国江南地方から遣唐船で舶載されたと推定される唐代の鶏鵡鏡などが奉納されており、投入堂が建立された平安時代以前から、この三徳山は伯者国大山と共に篤く信仰されていたようです。その山々の恩恵で、恵みの黒である倉吉には奈良時代に国衝や国分寺、国分尼寺が造営されたのでしよう。
倉吉のまちづくりに身を粉にして尽くしてきた生田君は、現在、三徳山塔頭の一つで平成24年(2012)に焼失した正善院の復元工事の設計に携わつておられます。《地域の文化を地域で守つてきた》建築家生田君は、ついに地域で認められた“棟梁"になつたわけです。生田君、出版おめでとう。
平成29年1月記 稲葉和也
[目次]
鳥取・倉吉・三佛寺―郷上を愛する建築家
生田昭夫君の『国宝三佛寺奥院投入堂』の刊行によせて稲葉和也―002

堂計画室生田さんに感謝を込めて
天台修験道三徳山法流権大行満大先達三 徳山三佛寺住職 権大僧正 米田良中―003

第1章
三徳山の歴史と現状─007
■三徳山─009
■私と「三佛寺投入堂」─011
■三徳山の現状─015
■三徳山の地形と建造物─021
 ちょっと一息「三徳山と土門拳─042
■三徳山の空間構成─043
■三徳山の歴史と塔頭─047
 歴史─047
 皆成院(下の寺)─049
 正善院(中の寺)─050
 輪光院(上の寺)─053 

第2章
投入堂国宝指定の経緯─055
■投入堂、国宝に指定される─056
 岡倉天心調査の為に来山─056
 ちょっと一息「岡倉天心と国米泰石と蔵王権現の修理」─059
 関野貞博士の調査─060
 大正4年の修復工事─061
 文化財保護法による指定─061
 「投入堂」の幸運─063
■実測図見つかる─064
 所在不明の実測図─064
 東京藝術大学美術館の実測図─065
 両実測図の比較と考察─068
 修理以前の古写真─071

第3章
投入堂の修理記録─075
■大正時代の修理─076
 三朝町役場に残る工事写真─076
 完成図の発見─077
 工事写真の発見─079
 完成写真の発見─080
 修理設計書の発見─082
 工事仕様書(地蔵堂`文殊堂・投入堂) ─084
 ちょっと一息「有縁木(うえんぼく」─086
■投入堂の大正修理にかかわった棟梁たち─087
■文殊堂・地蔵堂・納経堂の修理工事─094
■明治大学の調査─096
 ちょっと一息「国宝信貴山縁起絵巻と投入堂」─098

第4章
投入堂の建築的解明─099
■槌破風(すがるはふ)─100
■投入堂の詳細─103
 足場─103
 構造─106
 大引(おおびき)─108
 柱脚下部の金輪─108
 裏の肘木(ひじき)─110
 斜材─111
 棟木と床材は岩につかえている─113
 2種類の舟肘木(ふなひじき)─114
 棟札─116
 小屋裏と垂木─118
 「投入堂」の材木を切った時期は何時か─118
 色の分析赤い「投入堂」・白い「投入堂」─123
 色の謎 東京文化財研究所の分析─126
 「投入堂」身舎正面の扉は内開き─131
 扉の錺金物は、大正の工事で取り替えられている─133
 垂木尻の錺金物の謎─136
 庇(濡れ縁)の立格子─138
 柱の上の半円─139
 棟板の鬼の顔─139
 「投入堂」(蔵王殿)は、シンメトリーなのか─140
 少し解けてきた謎─140
 滝の裏側に建つ事を想定していたのか─142
 1000年姿を保ったわけ─143
 焼かれなかった「投入堂」─144
 蔵王権現様は、1000年の間どんな風景を見てこられたのか─145
 美の秘密─146
 「投入堂」の建て方─150
■愛染堂の詳細─154
 ちよっと一息「投入堂と吉阪隆正先生」─156

第5章
投入堂の諸記録─157
■描かれた投入堂─158
■旅人が記した投入堂─162
 地蔵堂の墨書─162
 『伯陽六社みちの記』─162
 『勝見名跡誌』─163
 『日本九峰修行日記』─163
 『やつれ蓑の日記』─163
■写真集─165
■投入堂の耐震診断と今後の課題─166
 投入堂の建て方(推定)─167
 復刻した『版画三徳山全図』─167
 「版画三徳山全図」─168
 あとがき─171
 三徳山三佛寺参考文献一覧─172
 三佛寺奥院ほか 関係年表─174



DAIRYUDO SHOTEN Co.,Ltd  TEL:075-231-3036 FAX:075-231-2533