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京都発大龍堂通信:メールマガジン通巻12246号 2016年5月28日
『日本建築における軒反り』
『日本建築における軒反り』

著:北尾嘉弘
発行:真陽社
定価:(本体1,500円+税)A4・123p・図面A3含む
978-4-921129-51-4
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[ご挨拶文]より
 社寺建築において軒反りの曲線は、建造物の美しさの源の一つとなっています。
 現在設計図書が、主にCADによって作成される現状を考慮し、古来よりの軒反りを考察し、現在に実用化する目的でこの書を記しました。
 私の家は、真宗大谷派の明治の御影堂の再興時に副棟梁として富山より、初代稲垣啓二(有ゆう寿じゅ曾祖父1848─1917)が上京し、それ以降京都で社寺建築を業とし、130年余りになります。
 その後、二代稲垣啓二(祖父1877─1930)、三代稲垣啓二(叔父1911─1950)、北尾年弘(二代啓二の女婿で私の父1891─1975)、北尾嘉弘(1924─)、北尾行弘(長男1952─)と続いています。
 私は子供の頃から父に連れられ社寺建築の現場によく行きました。特に、昭和14、15年の旧制中学生のときは大本山黒谷金戒光明寺大殿新築(1937─1944)の工事現場に何回も行きましたので、そこで設計監理の天沼俊一先生(京都帝国大学教授 1876─1947)に度々御会いしご教示していただいたことを懐かしく思い出します。
 そんな環境でしたので、第三高等学校を経て、何の迷いも無く京都帝国大学工学部建築学科へと進みましたし、在学中には天沼先生が講師をされた見学会にもしばしば出席しました。
 昭和21年に大学を卒業し、しばらく一般建築の会社(有邦建築割沚ヲr新田)に就職しましたが、昭和24年に家業を継ぎ現在に至っています。
 大学在学中から村田治郎先生(京都大学教授 1895─1985)の御指導を受けましたが、実社会に出てからも先生が設計された建築の施工を担当することが多かったので、親しくご教示を受けることが多々有りました。
 また角南隆先生(元神祗院勅任技師 1887─1980)には昭和24年から数年間個人的に神社建築の講義を受けました。当時先生は伊勢神宮御造営の技術面の最高責任者でしたので、お伊勢さんに参り、現地でお話を伺ったことも有ります。
 著名な先生方より御指導頂いた事や、父祖より教えられた実務面の事を一応まとめ、後世の人々に少しでも伝えたいと思い、とくに社寺建築の設計において大切な軒反り曲線の設計のことをこの本にまとめました。
 御一読、ご叱正賜ればこれに過ぎた喜びは有りません。
 平成27年12月吉日                                     [北尾嘉弘]
[序]より
 京都といえば社寺である。社寺抜きの京都など想像もできない。その社寺の存続を支えてきたのは、もちろんおおくの善男善女であるけれども、何と言ってもその前に社寺の建物がなければ話にならない。建物がなければ善男善女でさえも来るものではない。そうなると、社寺の建物を造りかつ維持してきた堂宮大工というのは、京都にとってはたいへん大切な存在だということになる。
 現在でも、京都には多くの堂宮大工が、建設会社を組織するなどしながら活動していて、社寺建築の文化をまもり、またそれを後代に伝えるべく努力している。意外に思えるだろうが、そうした堂宮大工のほとんどは、明治以降に営業を始めているのである。その不思議さの謎ときのために、しばらく近世の京都の堂宮大工の話をしておこう。
 近世の大きな社寺には、ほとんど必ず専属の大工がついていた。いわゆる出入大工である。中世の大工は、大工職(しき)という特定の社寺や堂宇に関してその造営を優先的に行える法的権利をもっていた。近世の大工はそこまではいかないが、しかしそれに近いかたちでその出入権が代々保護され、それを世襲するものが多かった。例をあげると禁裏における木子家、建仁寺における坂上家、本願寺における水口家、本圀寺における藤井家などがある。かれらは棟梁大工であるが、大工道の伝統をまもるものとして家元的な権威をもっていた。木工をはじめとする各種職種の職人が、かれらの下に属し、設計者であり経営者である棟梁大工家は、かれらの上に君臨していたのである。しかし、明治維新によって社寺の勢いが失墜すると、職制の改変もあって、そうした棟梁大工家は保持していた職位や出入権を失い、その権威も地に墜ちてしまう。そして経営者として自立することもできず、多くはその家業を捨てることになった。
 こうした世襲の大工家がなくなった明治前期の京都は、一種の真空地帯になっていた。そこに吸いこまれるように、地方から大工たちが上京し、堂宮の仕事についた。もちろんかれらには出入権といったものはなく、その実力一本で堂宮大工としての世界を切り開いていかなければならなかった。その武器になったのは、才知と勉強と技倆であった。実際、明治期の大工ほど勉強した大工はなかったろう。大阪のある堂宮大工の当主は、その職を世襲していたのだが、大阪・京都・奈良をはじめ日帰り可能なところの大社寺をあまねく訪れて、主な建築物のスケッチや略測図などを納めた膨大なノートを作り、一方では西洋建築学を学び、教科書や著書を筆写するなどしている。それは棟梁として設計製図をしたり、絵様を描いたり、現場を指図するといった平常の仕事の合間になされたのであって、いかに寸暇を惜しんで勉強したかがわかる。
 稲垣・北尾と両家にまたがる伸和建設は、まさにそうした堂宮大工家の典型である。明治の堂宮の名工であった稲垣啓二の技芸を、今に継承しているのが伸和建設なのである。稲垣啓二は富山県の出身であるが、近世の越中・加賀を中心として北陸には堂宮の名工が多かった。なかには建仁寺流の宗家を自認する大工家もあった。幕末から明治にかけての、もっとも優れた堂宮大工のひとりといわれた木子棟斎は、北陸のはずれではあるが若狭の出身であった。稲垣啓二も、棟斎に負けない技倆の持ち主で、明治の大工事であった東本願寺御影堂の作事に加わり、さらに平安神宮の造営に参加して模造大極殿や朱雀門の建設に関わっている。
 伸和建設は三代目稲垣啓二が若く病弱のため、二代目の娘聟がその補作をし、やがてその家業を引き継ぐことになったものである。では稲垣啓二の三代および伸和建設がどのような仕事をしてきたのか。それは近代における社寺造営史の重要な一翼を担うものであったと断言できる。平安神宮大極殿、興正寺両堂、本能寺本堂、東福寺仏殿などがあり、稲垣?伸和の業績を抜きにして京都の近代社寺建築を語ることはまずできまい。
 明治以降六代にわたって蓄積されてきた社寺建築の経験は、伸和建設をしておのずから斯界の指導的立場に立たせるものとなっている。会長の北尾嘉弘さんは、その人柄であろうか、自分から言い立てることはされないから、そのことをわたしが代弁しておきたいと思う。北尾さんは、七十歳を過ぎてからキャドを習得され、それを使って軒反りの研究を進められた篤学の人でもあるが、それもひとえに蓄積した経験をひとり占めすることなく、今後の社寺建築の設計に広く利用してもらいたいという心意気からきているとお聞きしている。
 今回、この本により社寺建築における軒反りの成り立ちを理解し、それを実地に試みられて、美しい軒反りを持つ社寺建築がひとつでも多くできることを心から願うものである。
  平成27年12月吉日                        永井規男(関西大学名誉教授」
京都新聞2016年7月12日 朝刊に掲載
京都新聞2016年7月12日 朝刊に掲載

チラシ内容詳細・FAX注文書
[目次]
ご挨拶
序 永井規男
はじめに ─軒反りとは─
第1章 中国と日本との比較……………1
1 仏教建築……………1
2 建築書……………2
3 和算・洋算と木割……………4
4 軒反りの検証…………… 7
第2章 軒反り曲線の作定方法……………8
1 @型 円弧…………… 9
2 A型 側円……………10
3 B型 円弧の中心角を等分した曲線……………11
4 C型 柴田案(『匠工必携』十八)……………11
5 D型 随円……………12
6 まとめ……………15
第3章 軒反りの変遷……………16
1 古代の建築……………16
2 中世の建築……………18
3 近世の建築……………20
4 近代の建築……………22
第4章 むすび……………24
軒反りの実例……………27
古代の軒反り実例
1 法隆寺金堂下層(奈良県)…………… 28
2 法隆寺東院夢殿(奈良県)…………… 30
3 法隆寺大講堂(奈良県)……………… 32
4 唐招提寺金堂(奈良県)……………… 34
5 醍醐寺五重塔初層(京都府)… …… 36
中世の軒反り実例
6 石山寺本堂礼堂(滋賀県)…………… 40
7 石山寺多宝塔上層(滋賀県)… …… 42
8 石山寺多宝塔下層(滋賀県)… …… 44
9 西明寺本堂(滋賀県)………………… 46
10 西明寺塔婆初層(滋賀県)… ……… 48
11 興福寺北円堂(奈良県)……………… 50
12 浄土寺本堂(広島県)………………… 52
13 明王院五重塔初層(広島県)… …… 54
14 東福寺三門一階(京都府)… ……… 56
15 興福寺東金堂(奈良県)……………… 58
16 向上寺三重塔初層(広島県)… …… 60
17 向上寺三重塔三層(広島県)… …… 62
18 不動院鐘楼(広島県)………………… 64
19 円教寺大講堂(兵庫県)……………… 66
20 慈照寺東求堂(京都府)……………… 68
21 東寺講堂(京都府)…………………… 70
22 本蓮寺本堂(岡山県)………………… 72
23 三明寺三重塔初層(愛知県)… …… 74
24 三明寺三重塔三層(愛知県)… …… 76
25 玉鳳院開山堂(京都府)……………… 78
26 根来寺大塔下層(和歌山県)………… 80
近世の軒反り実例
27 二条城二の丸御殿(京都府)………… 84
28 瑞巌寺廻廊(宮城県)………………… 86
29 犬山城天守一重(愛知県)… ……… 88
30 犬山城天守二重(愛知県)… ……… 90
31 犬山城天守三重(愛知県)… ……… 92
32 龍泉寺仁王門(愛知県)……………… 94
33 姫路城大天守一重(兵庫県)… …… 96
34 姫路城大天守二重(兵庫県)… …… 98
35 長勝寺三門(青森県)………………… 100
36 屋島寺本堂(香川県)………………… 102
37 南禅寺三門初層(京都府)…………… 104
38 曼荼羅寺正堂(愛知県)……………… 106
39 大徳寺経蔵(京都府)………………… 108
40 日光東照宮本殿(栃木県)…………… 110
41 日光東照宮拝殿(栃木県)…………… 112
42 日光東照宮五重塔五層(栃木県)…… 114
43 日光東照宮五重塔初層(栃木県)…… 116
44 雲龍院本堂(京都府)………………… 118
45 宇和島城天守一重(愛媛県)… …… 120
46 高知城天守二重(高知県)… ……… 122
近代の軒反り実例
47 平安神宮大極殿(京都府)…………… 126
48 平安神宮應天門上層(京都府)… … 130
49 本能寺本堂(京都府)………………… 134
50 東福寺本堂上層(京都府)… ……… 138
51 東福寺本堂下層(京都府)… ……… 138
52 善宝寺本堂(山形県)………………… 142
53 西芳寺三重塔初層(京都府)… …… 146



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