HP内の目次へ・検索もできます!  『a+u 2010年12月号』 特集:ヨジェ・プレチニック―ウィーン、プラハそしてリュブリャナ

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京都発大龍堂:メールマガジン通巻7682号 2010年12月13日


『a+u 2010年12月号』
特集:ヨジェ・プレチニック
―ウィーン、プラハそしてリュブリャナ


編集・発行:新建築社
定価:2,500円(本体2,381円+税5%)
292×219mm

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カレンツ:BIGが台北のテクノロジー・エンターテイメント・アンド・デザイン・センターを手がける/ザウアーブルッフ・ハットンがM9設計競技で優勝/エリック・ファン・エゲラートがロスキレの新しい焼却炉を手がける。
特集:ヨジェ・プレチニック―ウィーン、プラハそしてリュブリャナ
現代の日本人のヨーロッパにたいする理解は深いとはいえ、ドイツやオーストリア以東はいまだ「東欧」と一括りとなり、ヨーロッパの奥という感覚は否めない。スロヴェニア出身の建築家ヨジェ・プレチニックはまさにこの地域でのみ活動した。彼が拠点をおいたウィーン、プラハ、リュブリャナはかつてのオーストリア・ハンガリー帝国に属し、この二重帝国は「帝国と王国」(kaiserlich und koniglich)つまりk.u.k.と呼ばれ、ヨーロッパの実に3分の1の面積を占めるほどの領土を誇った。そのk.u.k.の世界の中で生きたプレチニックは故郷リュブリャナの都市計画を手がけるという幸運に恵まれ、現在でも街を歩けばいたるところに彼の足跡があり、その功績により500トラール紙幣に採用されるなど人々の誇りとして大切にされている。しかし国際的には60、70年代にはほぼ忘れられた存在であり、1986年のパリのポンピドー・センターにおける回顧展でプレチニック建築の「ポストモダン」が発見されるかたちでふたたび脚光を浴びるようになった。オットー・ワグナーに学び、ウィーン・セセッションの影響を多分に受け、スロヴェニアのモダン建築運動の中心として生涯を通して設計活動に勤しんだプレチニックは、西欧や米国を中心としたモダニズムの巨匠とは異なる存在、というとらえ方は妥当であろう。彼の建築はマニエリスム的に魂が抜けた白黒写真のような端正さをところどころに湛え、「神はディテールに宿る」という言葉のとおり見る者にディテールを撮らせてしまう。
本特集号は彼が生きた3都市を順に追い、撮り下ろしの写真でその全貌を紹介するものである。プレチニック研究の第一人者であり、プレチニックが改装を手がけた邸宅(ヴィラ・プレロフシェク、本誌掲載)の住人でもあるダミアン・プレロフシェク博士には多大なるご協力をいただいた。
[福田陽子・ゲスト・エディター]
[目次]
エッセイ:ヨジェ・プレチニック(1872〜1957)
ダミヤン・プレロフシェク
ヴィラ・ランガー
集合住宅ランガー・ハウス
ツァヘール・ハウス
聖霊教会
聖心教会
プラハ城
商工会議所
プレチニック・ハウス
三本橋
ヴィラ・プレロフシェク
国立大学図書館
ジャーレ墓地
水門
ヨジェ・プレチニック
プロジェクト・リスト 1900〜1957
ヨジェ・プレチニックプロジェクト・リスト 1900〜1957



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