HP内の目次へ・検索もできます! 『セン塔』

4974号      4976号


京都発大龍堂:メールマガジン通巻4975号

予約受付中!!!
2007年9月上旬発売予定
類書がない貴重な資料である。

『セン塔』

著:柴辻政彦
発行:鹿島出版
予定価:3,360円
(本体3,200円』+税5%)
A5・300p
送料をお選び下さい!★タイトル・著者・発行所・定価・ISBN等をコピーして下さい・★ご購入フォーマットのご注文書籍名に貼り付け下さい!
京都の平安神宮の朱色の鳥居のまえを東から西へ横切る疎水ばたに、「藤井有鄰館」という中国の古美術を陳列している私立美術館がある。建築は中国趣味とアール・ヌーボー趣味がまじったもので、小規模ながら、八十年たった今もじつに美しい姿をしている。大正十五年に京都の藤井善助翁が創設したものだが、建築設計はときの京都帝国大学の武田五一博士。
私の父がこの帝国大学の営繕課に奉職していたころだから、むろん戦前のことである。
どこへでも付いて行きたがる私……。あのころの父はかなり権力的だったから、きっと、いたずらをしている私へ「小僧ついて来るか」とでも声をかけたと思う。この有鄰館へは二回くらい同行した。
あのころはまだ、日本人に中国趣味が教養として生きていたころだろう。少年の私にはまったく無関係のことであったが、しかし、この洋風建築の屋上に、中国から移設したという黄色い屋根瓦を葺いた極彩色の八角形の楼閣がのっているのがなんともチグハグな様子だったのと、玄関の両脇に歯をむきだして吼える石の獅子が怖かったのを今もおぼえている。展示室はいかにも荘重で、私は父のうしろでおとなしくしていた。
また、おなじこの岡崎界隈に建っている、緑青色の銅板を葺いた京都市立美術館や京都岡崎公会堂(現・京都市立美術館分館)は定冠様式(ヨーロッパ式の壁の建物に、日本式の瓦屋根を乗せた建物のデザイン。
鉄筋コンクリートの近代建築と、日本の伝統様式を融合させようとしたもの。昭和初期に流行した建築様式)、京都府立図書館はルネッサンス様式、東山七条の京都帝室博物館(現・京都国立博物館)では「玄関の上の三角破風掛の石の彫刻は日本の伎芸天を彫ったものだ」、などと父が説明した声がいまも耳の底に残っている。
きっとこのころのそういうごく断片的な記憶が、後年、私を中国のハク塔建築へ走らせたと思う。そういえばまだある。
広くもない家の書斎兼客間の七割は書棚で、父の専門は、京都帝国大学の電気工学の青柳榮爾博士の愛弟子だったから電気技師だったが、文学と建築が好きだったらしく、思えば文学書のほかに、そのころの建築学会が出版した、塚本靖、伊東忠太、関野貞編『世界建築集成支那建築』(セン塔建築を多数収録)とか、岸田日出刀、土浦亀城共著『熟河遺蹟』(河北省承徳府宮殿遺跡を収録。遺跡は遼河の上流に清朝乾隆帝が創建した避暑山荘。チベット・ラサのポタラ宮を模した「普陀宗乗之廟」が有名、永佑寺七層のセン塔などがある。世界遺産として登録され、現在一大リゾート地として賑わっている)などを見ていた。古ぼけてしまっているがこれらの書物は、今も私の書棚にある。
立命館大学の法学部をでてから二度の転職後、三十歳で自立した。株式会社志野陶石の創業である。まもなく、装飾タイルを生産するかたわら、イタリアのモデナからイタリアタイルを輸入した。マジョリカ陶器に由来するイタリアタイルの源流がペルシャだと知るにつけ、その源流を知らねばならぬと気負いたった。経営が安定してきた十年後、四十歳ころから自ら「建築用タイルの変遷史」と名づけて仕事のかたわら勉強をはじめた。
結局、世界最古のタイルは紀元前のバビロンのイシュタル門やイスラム教のモスクなど、西方アジアの王宮建築や宗教建築に残っているので、建築史をたどる結果になるのだが、ともかく、イタリアのマジョリカタイルのルーツを求めてペルシャからスペインへ、次に、イタリアからオランダ、イギリスへ。
そして、アメリカの摩天楼のテラコッタ建築へ眼を移していたころ、やっと中国へ入国できる時代がやってきて宿願だった中国建築の「セン」を勉強する機会に恵まれたのだった。
中国のセン塔建築、つまり、日本の五重塔建築に匹敵するものだが、まず、(陶芸)でできたセン塔建築だけに絞って勉強することを決心した。むろん暗中模索だったが予備知識はいくらかあった。父の古い書籍のほか、中国建築にくわしい京都埋蔵文化研究所の故田辺昭三氏と、若い中国の留学生ですでに京都大学文学博士(中国古代史)になっていた徐朝龍氏が志野陶石の調査グループに参画してくれた。それに京都大学の中国建築の田中淡先生をかねて煩わせたこともあった。
しかし、現地に行ってみてわかったことだが、予備知識など役にたたなかった。
北京、南京、上海などの観光地なら、現在、日本でもガイドブックは手に入るが、いまから二十五年も前にそういう便利なものはなかったし、まして、中国の田舎の畑のなかに建っている古建築を訪ねるガイドブックなどまったくなかった。
それもそのはずである。中国の長い歴史、多宗教、だだっ広い国土、無数に散在する山裾や村に、まるで捨てられたようにポッンと建っているセン塔である。われわれはホンの数箇所の塔を突き止めて見学するのさえ、そこが閉鎖きれた敷地の中だったり、路地の奥になっていたり、高梁畑の中だったり、廃寺の危険な無人の場所だったり、山の中腹や峰だったりした。しかも、雇ったポンコツの車から降りて、徒歩で塔を目当てに黍畑をかき分けて辿り着かねばならない。
阿南省登封県の達磨禅師の嵩山・少林寺塔林を訪ねたときも、セン塔は、みなこの禅寺で修行した北魏時代以来千百年の高僧たちのお墓で、起伏する山の斜面全体に見渡す限りセン塔が林立しており、見てまわるだけで碑文も読めず、日が暮れて、途中で退散した。
「ダルマさんの少林寺のセンだけでも一生かかる」。私は泣きそうだった。
おまけに、中国の国家・省・市の文物局員、現地通訳、私たちの二人の教授とカメラマンの東出清彦氏と助手など派遣員平均合計約十名の宿泊所から、どの現場も遠隔地であった。
「セン塔建築に限定する」としたささやかな計画でさえ、無謀なものであることを知った。
それでも三年間で平均二十日間、四回の調査見学を試みている。
ここで紹介する『セン塔中国の陶芸建築』は、こうした旅の苦労をともなっている。
<目次>
第一章 中国の「セン」
   一、「大地の産物
   二、セン塔を詠んだ育
   三、セン(チュアン)
   四、「瓦」と「セン」
   五、画像セン、碑文セン
   六、仏セン
第二幸 「セン」のひろがり
   七、タイル、レンガ、テラコッタ
   八、インドの仏教遺跡
   九、万里の長城と「セン」
第三章 「セン塔」を見てあるく
   十、北京市のセン塔建築
  十一、天寧寺塔
  十二、観星台と白塔
  十三、少林寺塔
  十四、繁塔
  十五、鉄塔
  十六、西安(長安)の城壁
  十七、大雁塔
  十八、小雁塔、山門
  十九、善導塔
  二十、『世界建築集成支那建築』



DAIRYUDO SHOTEN Co.,Ltd  TEL:075-231-3036 FAX:075-231-2533