HP内の目次へ・検索もできます!  小企画展・伊丹市制65周年《伊丹モダニズム再発見》

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京都発大龍堂:メールマガジン通巻3715号

小企画展・伊丹市制65周年
《伊丹モダニズム再発見》

田藤四郎「婦人帽子店」 昭和5年 大阪府蔵
日時:2005年10月22日(土)〜12月4日(日)10:00〜18:00(入館17:30)
休館日:月曜日
場所:伊丹市立美術館
〒664-0895 伊丹市宮ノ前2丁目5番20号 TEL:0727-72-7447
観覧料:一般300円(240円) 大高生200円(160円) 中小生100円(80円)
主催:伊丹市立美術館、(財)伊丹市文化振興財団
1920(大正9)年7月、阪急電鉄は神戸線と伊丹支線を同時に開通させ、1925(大正14)年に稲野駅西方に稲野住宅地を開発したのを端緒に、本線の神戸線同様、伊丹支線沿線においても積極的に住宅地開発を進めていった。この動きに触発された地主たちも耕地整理組合を結成してその後を追った。それらの結果、いまだ酒蔵が立ち並び、江戸期の面影を色濃く残していた旧伊丹郷町の周辺に、都会勤めのサラリーマンたちが月賦で買える戸建て住宅地が忽然と姿を現したのである。明治期以降、工業化政策の悪影響により、大阪中心部の居住環境は悪化の一途を辿っており、都市生活者の中にはよりよい生活環境を求めて住まいを郊外に移したいと願う人々が多数いた。一方、産声を上げたばかりの鉄道会社は、乗客を増やし収益の向上を図るため、自線沿線に積極的に住宅地開発を行った。この両者の呼応こそが、近代阪神間の沿線住宅地開発の原動力となり、他の開発主体をも触発してさらなる宅地化を進展させる契機となったのである。この流れを捉え、伊丹町は住宅地開発を後押しし、各種社会基盤を整備するなど、人口増に対応した近代都市伊丹の創造に向けて走り出したのである。
本展は、市制施行65周年を迎えるにあたり、「伊丹モダニズム再発見」と題して、住宅地開発等に端を発した伊丹の近代化の歩みを、建築、美術、ライフスタイルなどの視点から検証するものである。[伊丹市立美術館]
<関連事業>
蓄音機による『昭和のモダンを音で聞く。』
日時:2005年10月30日(日)10:30〜11:30、13:00〜14:00
会費:入館料が必要です
会場:美術館1F講座室

[資料提供:伊丹市立美術館]

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