HP内の目次へ・検索もできます! 京都建築フォーラム第2回講演会「スケベ建築」講演会・参加者論評・山崎亮氏、仙入洋氏



<山崎亮氏の日記より転載・山崎亮氏の場合>
京都建築フォーラムで井上章一さんの話を聞く。

井上さんはゆっくりと正確にしゃべる人だった。ニコニコ笑いながら講演する。昨日の隈さんも物腰の柔らかい人だと思ったが、井上さんはさらに柔らかい。威圧感のないさわやかさが会場に漂っていた。

「愛の空間」を読んで以来、僕は井上さんの考え方にとても興味を持っている。この日の講演タイトルは「スケベ建築」。井上さんは講演タイトルの「ひどさ」を謝りながら話を始めた。

講演の主題は「建築表現が持つ力」について。建築の表現は人々を本当に魅了するだけの力を持っているのか、ということ。この点については僕も懐疑的で、建築を見て涙を流したと言う人の話はどうしても素直に聞くことができない。

井上さんは、ブルーノ・タウトというドイツの建築家が日本の桂離宮を絶賛したことを例にとって「建築が持つ力」を相対化する。ブルーノ・タウトが愛人であるエリカさんと日本へ訪れたのは1933年のこと。その際に訪問した桂離宮を褒めちぎったという。桂離宮は、世界的な建築家タウトをして絶賛させるほどの建築である、というのが通説のようだが、果たして本当にそんな力を持った建築なのだろうか。

井上さんは、タウトが日本へ来た経路に着目する。ドイツからトルコ、ソビエトへと渡り、シベリア鉄道でウラジオストックへ。さらにウラジオストックから船で敦賀へ。タウトとエリカは、極北の地を60日間も旅して京都へたどり着いた。そして、この長旅の翌日にタウトは桂離宮を見学することになる。

シベリア鉄道の旅や日本海の船旅を経てたどり着いた新天地で、愛人のエリカと2人で眺める桂離宮。旅の経緯を考えれば、そこが桂離宮でなくてもタウトは感動したのではないか、というのが井上さんの意見である。ドイツでナチスに命を狙われ、離婚裁判は泥沼化し、シベリア鉄道と船で長旅を敢行した先で出会った桂離宮。隣には愛人のエリカがいる。タウトが感動したのも無理はない。

この話は桂離宮の評価を低めるものではない。そうではなくて、建築を鑑賞する主体の心理状況、気温、気象、同伴者の有無等が、鑑賞される建築の評価に大きく影響するのではないか、ということを指摘しているのだ。

事実、井上さんは都市や建築よりも女性に惹かれる場合が多いという。

・パリという都市を巡った後で脳裏に焼きついていることを思い起こしてみると、建築や街並みよりも風で偶然めくれたスカートの中に見たパリジェンヌの下着だったという。
・建築学会賞を受賞した建物を見学しても、建築の空間ではなく受付のお姉さんをしっかり覚えてしまう。
・つまり、建築は生モノ(女性)の魅力に勝つことができない。
僕も同じ意見だ。建築の作品性を強調したり、建築の表現を神聖化しないほうがいいと思う。建築に感動を求めている人は少ない。実際、彫刻を見る目と建築を見る目は違うのである。ランドスケープも同じだろう。「風景を見て涙を流す」というシチュエーションは、むしろ特殊な精神状況にある人の経験だと考えたほうが自然なのである。

人が感動するような風景を作りたい。ランドスケープデザインに携わる人なら一度は掲げる目標だろう。しかし、この目標を無批判的に輸入すべきではない。「美しい女性」と「美しい風景」のどちらに目が行くのか。そして、どちらが脳裏に焼きつくのか。建築やランドスケープにどれほどの力があるのか。それを冷静に判断しなければならない。

風景(ランドスケープ)の美しさを盲目的に信じたり、それを過大評価するようなメンタリティーに出会うと、僕はいつもげんなりしてしまう。僕らは風景の価値を一度相対化しておくべきなのである。

<仙入洋氏の日記より転載・仙入洋氏の場合>
風俗史・風俗評論を専門とする井上章一氏を講師に迎え、『スケベ建築』と題して「花街と京都」についての講演会に参加。

スケベ=助平;《「す(好)き」の変化した「すけ」を擬人化したもの》色事を好むこと。
(大辞泉)


  話題は日常的なエロ話から次第に建築ネタへ。エロ建築の可能性、ムラムラさせるデザインは可能か?艶事を連想させる数奇屋、源氏物語のリバイバルとしての桂離宮など、日本では昔から建築で「スケベ」を表現しようと努力している。その意識が近代では遊郭からラブホテルにまで受け継がれている。さらに話題は広がり、日欧比較都市論へ。アムステルダムの飾り窓は日本の遊郭からの影響ではないかと、恐らく違うだろうという前提に基づき指摘。また、ヨーロッパのお城がアメリカへ行けば子供の遊び場としてディズニーランドとなり、日本では大人の遊び場としてラブホテルとなるという、文化の違いというか、日本の特異性に注目。東京ディズニーランドの開園とその成功が建築界に影響を与えたとする、近年の日本各地の公共建築でのディズニーランド化(ディズニーランダイゼーション)を取り上げ、ディズニーランドができる前からラブホテルでは同じ傾向を示していたことを指摘。ディズニーランド的建築のルーツを遊郭とし、遊郭からラブホテルを通じ、公共建築へと解放されたとする、公共建築のラブホテライゼーションを提唱。ここから最後の話題「遊郭のビッグバン」へ。例えば招き猫は元々遊郭の玄関先に置かれていたものだが、遊郭の解体により一般に広がるようになる。そのような要素は他にも考えられるのではないのか?

  タイトルのせいか今までになくリラックスした気分で参加できたが、考えさせられることも多い。「ムラムラさせるデザイン」というのが本当にあり得るのか?「遊郭のビッグバン」にはどんなものがあるのか?など、これから気に掛けたいと思う。人間の本能的空間である性愛空間。そこに「建築」の本質が象徴的に見られるように思う。性愛を演出する非日常的空間、飛田遊郭から現在のラブホテルに至るまで、人間の本能を刺激するべく様々な試みが成されている。世界各地の文化をテーマにした部屋を設けた現在のラブホテルを思わせる貸屋敷、遊郭。数奇屋のデザインが大衆好みにアレンジされ、集大成した空間。異種を配合し、雑多な要素を統一する数奇屋建築の感覚こそ、まさに「建築」の本質ではないだろうか。数奇屋に「住まうこと」とは一体どういうことだろうか?

<参考図書>
「愛の空間」(井上章一著/1999/角川書店)
  性行為専用の空間を持ち独特の趣向をこらすのは、日本独特の現象であるという発想に基づく、外から内へ移り行く日本人の性愛空間の変遷を辿る性愛空間の建築史書。主に明治以降の性愛空間変遷の歴史を関係者への取材や近代日本の自伝や小説に基づいて調査している。明治期には専ら屋外が利用されており、屋内空間が利用されだしたのは戦後のこと。戦後しばらくしても、屋内空間は玄人の空間であり、素人は専ら屋外利用が多かった。屋外から待合、ソバ屋、円宿、ラブホテルなど屋内施設への変遷をリアルに記述。ちなみに、ラブホテルとシティホテルの違いは、1985年施行の新風営法により法律で定められており、食堂やロビーの床面積、フロントやインテリアに関する規定がある。

「飛田百番」(橋爪紳也監修/2004/創元社)
 大正7年(1918年)12月29日の開郭式から昭和33年(1958年)2月28日の廃止に至るまで、40年間にわたり繁栄し続けた大阪市内で最も新しい飛田遊郭。明治45年1月の火災により廃止となった難波新地の遊郭の代替地として、市街地の遊郭の整理統合と新世界の「私娼」を制限することを目的に開業したが、昭和32年の「売春防止法」の施行により廃止に追い込まれる。その中でも当時の面影をそのまま遺す「飛田百番」。大正11年〜昭和3年の間に建てられたと考えられており、日常からの離脱をコラージュの技法と見せかけの面白さで表現する。遊郭独特の数寄屋造りであり、まさに「遊びの空間」である。現在でも完全予約制の料理店「鯛よし百番」として利用されており、平成11年(1999年)には「文化庁登録有形文化財」に登録される。そんな「飛田百番」の魅力を、多くの写真と共に紹介している。


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