市中の山居 ―現代社会の繭― 著者:中原丈爾


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  市中の山居
―現代社会の繭―


「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。淀みに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、
久しくとどまりたる例なし。
世中にある人とすみかと、またかくのごとし。」



方丈記に流れる鴨長明のこの根本思想に共鳴を覚えると共に彼の生き方から学ぶことがあると考え、方丈庵(長明が方丈記を記した草案)を参考にした。方丈庵をモデルとして我々の居住空間に「市中の山居」を取り入れる事により、外側に向けられた意識を内側に向けるのが本研究のテーマである。

提案
○市中の山居(防音室:現代の方丈庵)を作る。
○京都の住まいや街作り、保存に携わっている人々、建築に関する協会や団体と共にローコストの防音室ユニットを
  実現し、京都の若者に実際に提供し生活してもらう。
○防音室ユニットの展示を京都、東京、トロント(カナダ)で行う。(現在トロントでは、日本の京都文化、芸術、スモー
 ルスペースハウジングなどが注目を浴び、高い評価を受けている。京都の暮らし(現代の方丈庵)、住まい、スモ
 ールスペースハウジング等のコンセプトを多くのカナダの人々に紹介する。) 

研究
○防音材料の研究

防音効果が最も高い壁構造の研究
ハウスシックネスと材料の研究→自然材料の可能性
○音と人間に関する心理学的研究
○人間の意識転換の研究(防音室の効果)

芸術文化とは何か?人間の生活そのものである。生活から生まれる結晶がいずれ形として世の中の人々に素晴らしいエネルギーを伝達し、人々の魂を向上させる。従って、芸術文化が廃れてしまった社会では、人々の魂の成長は望めない。我々の社会は嘘やごまかしばかりが溢れ、真実を見出すことができず、100年先、1000年先の未来を想像する力を失っている。我々の社会の根元には怖れが横たわっており、怖れから逃れるため、偽物の世の中を我慢し、妥協し、そして受け入れる以外方法がない。本物が存在しない環境では本質を見出す力は衰え、自分の周りを囲む汚れた環境さえ認識することができなくなってしまっている。

我々は20世紀の物質文明に限界を感じている。多くの人が、現状を変えたい、変えなければいけないと思っている。しかし実は、変化というものは求めても求めなくても常に起こっているものである。我々自身も含めて、万物は常に変化しており、それを止めることはできない。人が本能的に欲するのは安定と秩序であるが、秩序そのものもまた変化している。人はものにそれぞれの価値を見出すが、それもまた常に変化している。従って、求められているのは変化ではなく、変化に対する意識である。羅針盤も持たず、目的地も分からず、風に吹かれるまま夜の海を漂う船であってはならない。まず、一人一人が意識を高め己を知らなければならない。己を知らなければ己以外のものを知ることはできない。己を見つめることにより、初めて今置かれている現状や位置を知ることができ、目指すべき方向に向けて舵をとって進むことができるのだ。

しかし、余りにも多くのものに囲まれてしまった我々の意識は、外の世界にのみ向けられている。外の世界に求め続ければ欲望や煩悩は尽きず、穏やかな心にもなれない。ましてや自己を外に求めることはできない。物質文明とはすなわち欧米社会の文明であり、彼らは物質文明からの脱却の術を、次に向かうべき道を知らずにいる。今こそ日本の出番である。意識を内側に向け、自己と向き合う事は、我々日本の、日本人の特性とも言える事である。物質文明という層の下で我々の土壌に眠る我々の本来の姿を発掘せねばならない。発掘とはすなわち、我々の歴史や伝統、芸術文化を探る事である。芸術文化は生活そのものであり、芸術作品は、その時代の人々の生き様、気付き、真実の結晶である。芸術作品のエネルギーを感じ本来の姿に立ち返り自己を見つめることにより、向かうべき道へと進もうではないか。日本の文化の出発点は京都であった。つまり、京都こそがこの発掘作業を行うにふさわしい土壌を有しており、世界をリードし、これからの時代を導いていく使命を担っているのだ。

市中の山居

世間から離れ、山奥の自然の中に身をおく事で自分自身を見つめ、意識を高めていく、隠遁者達のこういった暮らしを街の中でも体験できないかと、街中に山里の風情をつくりだしたのが、市中の山居である。そのような場所で、我々は街中にいながら山中にいるような落ち着いた時間や空気を味わい、自分自身と向き合える訳である。しかし、限られた場所、空間に出かけていき“一時的な体験”をするのではなく、この概念を日常に取り入れてはどうだろうか。定年まで懸命に働き、第二の人生を田舎で暮らすのも良いだろう。しかし、来るか来ないか分からない未来に希望や望みを託し、大切な「今」を疎かにはしていないだろうか?我々の未来は、今をいかに生きるかによって決まるのだ。街中の暮らしを可能な限り快適にする努力を怠ってはいないだろうか? 

余裕のない生活

人が狩猟から農耕生活へと移行し、“米”という保存可能な物質を手に入れた事は、“蓄える”という概念を生みだした。蓄えは即ち安定であり、人々はものの蓄えにより、生活の安定感を味わい、自然災害や死の怖れから逃れることができた。人々はそこに可能性と希望を見出したが、蓄え、つまりは守るべき財産が増えるにつれ、その価値は命の価値を超えてしまった。ここで、命はただの“もの”に変わってしまった。20世紀の産業文明になると、人々は蓄えそのものが生きる目標と思い、ものがあるという事にのみ安心感を抱き、ものの所有にのみ満足感を覚えるようになってしまった。

産業物質文化が生みだした

Time is moneyという経済観念は、ものに対する「質より量」という価値観を決定付けた。便利であれば、楽にしてくれれば、新しければいい、という考え方は、最小の時間で最大の生産量を得る事こそが最も効率が良いという経済システムを作り上げた。物質文明における大量生産大量消費社会は巨大なまでに膨れ上がり、我々の生活から時間の余裕、即ち心の余裕を奪い去り、所有欲や独占欲は我々を欲の奴隷へと変えてしまった。これからの時代、人類が健全な変態(metamorphosis)を遂げていくためには、個人レベルでものに対する意識を転換していく事が必要である。

 意識を向上する

何よりも、外の世界から内側の世界に意識を持っていかなければならない。外の世界に意識が常にとらわれている状態では、決してものの本質を見出すことができない。何故なら、ものの本質は目で見分ける物ではなく、心で感じ取るものであるからだ。心の目を磨くことは、己を知ることである。

 ものと自分との関連性

自分、即ち心、即ち命は物質世界があるおかげで成り立っている。

空気、水、食べ物や衣服などがなければ人間は生きていけない。我々はこの環境の一部であり、宇宙の法則に従って命が健全と存在しているという事を認識しなければならない。環境に異変が起これば我々自身にも異変が起こり、我々の変化は環境にも変化を引き起こす。個人レベルの健康状態と社会レベルの健康状態は密接に関連している。つまり、我々の魂が健全であってこそ健全な社会は作られるのだ。

 ものに対する考え方

生を思うことはすなわち死を思うことである。人は誰しも生まれた瞬間から確実に死へと向かっている。しかし、我々は死の問題と向き合うことを怖れ目を背けており、死の恐怖が現実となって初めて真剣に生と向き合う。

自分の命の大切さを知る人は、自分の命を支える器である身体も大切にする。そのように思う心はその肉体を健全に維持してくれる衣食住にとどまらず、環境全てに対し感謝の念を抱くであろう。自分の命の大切さを思うと同時に、他人の命も同じく大切に思えるようになる。何故なら、命そのものははかなく、全ての命は宇宙の法則に従って環境全体の一部にすぎない事を理解しているからである。

知足(少なく満足する)

禅の教えの一つに知足がある。足ることを知る者は、例え貧しくとも持っているものに感謝の心があるので、心は豊かである。しかし、豊かでも足ることを知らない者は、持っているものに感謝の心がなく、常に外へ求めて病まないので、心は常に貧しく不安である。次から次へと新しいものや便利なものを求めるのではなく、自分に本当に必要なものを感謝の心で大切に使うことが大事である。物質文明を享受している我々は、まさに、豊かでありながら足ることを知らない状態ではないだろうか?

鴨長明の方丈庵

鴨長明は、足ることを知りその生活を営んだ人の一人である。四畳半余りのスペースに、自分の生活に本当に必要なものだけで、死と向き合いながら暮らした。鴨長明の方丈記にあるライフスタイルをモデルとして、現代の私達のための新しい生活空間を創造したい。

方丈庵の様子:東側:90cm余りの庇(炊事の場)、東:蕨の穂先(布団代わり)、南:竹の簀の子、西:阿弥陀如来と普賢菩薩の絵像を掛け、その前には法華経を供える、西南:竹の吊り棚に三つの皮籠(中には和歌・管弦についての書物、「往生要集」等の抜き書き)、琴、琵琶 (図参照) 

方丈記のライフスタイル

末葉の宿りを結ぶ庵→若者が自身の心と向き合う空間

長明は末の命を託すべき庵として方丈庵を営んだが、我々は若者をそのターゲットにしたい。何故なら、若者は変態(metamorphosis)の重要かつ繊細な時期にあり、この時期の栄養が後の姿を形成するからである。己を知らずに自分以外のものを知ることはできない。方丈という繭の中で、自分の心と向かい合う時を持ってもらいたい。

「その家のありさま、よの常にもにず。…心にかなはぬ事あらば、やすく外へ移さむがためなり。」

方丈庵は実は、移動式の組立住居であった。すべては移りゆくものであり、住居も仮の宿りに過ぎないそれだけのものであり、不都合なことがあればすぐに何処にでも移動できるようにである。方丈庵は何処に建てることも可能であるから、我々の住むワンルームマンションの中に建てるにも何の問題もない。

日野山の奧→コンクリートの街中

鴨長明は日野の山奥に庵を営み、尽きることのない山中の興趣を味わった。しかし、今の若者は生活する手段として、街で暮らすしか選択肢がない状況である。残念ながら現在の街暮らしは決して健全なものとはいえない。一人暮らし住まいの多くはコンクリートのマンションなどであり、開放感や癒しを味わえる場ではない。隣部屋のテレビの音、上の階に住む住民の歩く足音、真夜中の“ばたん”というドアの響き、マンションの前を通る車やトラックの音など、様々な騒音に晒され、ストレス社会の延長上に存在しているといえる。世の中の「不必要情報や刺激」、即ち「混乱や汚れ」から逃れ、少なくとも一日の一時でも、本当に自分が守られ安心できる静かな巣が必要である。その中で若者は、再び世間に向かい合うことができる力を蓄えるため、静かな内側の意識の世界に旅立つ。己を見つめ直し、目標や使命の方角を定め、気力を保ち直し、本来の自分という人間の自然な姿に戻る。自分に合った生活時間を保ち、安らかに睡眠を取り、或いは静かにお祈りを捧げる。

現代社会において市中の山居を実現するには、「山居」を防音にする必要がある。

(具体的には、50mmの断熱材と100mmの空気層を9mmの木材ボード2枚でサンドイッチ状にする。高音を遮断するには断熱材を増やし、低音を遮断するには空気層を多く設ける。断熱材と空気層の割合を調節することにより、高音も低音も遮断する効果が得られる。) 

 「かむなは小さき貝を好む。これ身知れるによりてなり。みさごは荒磯に居る。すなはち、人をおそるるがゆえなり。われまたかくのごとし。身を知り、世をしれれば、願わず、走らず。」

(ヤドカリは小さい貝を好んで、そこに身を宿すといわれるが、それは身の程を知っているからである。みさごという鳥は荒磯に住むといわれるが、それは人間の恐ろしさを知っているからである。私もそれと同じで、身の程を知り、世間というものを知っているから、いまさら、大きな住居を願わず、世間の栄誉を求めて近づくことをしない。)

長明がわずかなスペースともので暮らしたのは、自分を知り、自分に本当に必要なものを知っていたからである。己を知ることによって、本質を見ることができる。ひいては、ものの価値を知り、ものを見分ける力を持つことができる。我々も彼の生活スタイルを見習うことにより、己を知るようになれば、知足の精神を実現できるのではないだろうか。 

偽物を作り出し、その場しのぎの補修を繰り返すのはもうやめよう。偽物はいつまでたっても偽物でしかない。我々は本物を求めている。京都には本物がある。我々に気付いてもらうのを待っている芸術文化がある。文化の中心京都は、世界の意識の中心である。西洋に率いられてきた時代は終わった。今その役割は東洋へと移行している。

宇宙と共鳴しているか。宇宙の意向に従っているか。内面と外面のバランスがとれているか。即ち、小宇宙と大宇宙を認識するバランスがとれているかが健全な人間の出発点である。自己と向き合い、宇宙の根元にある真実を理解し、それらを表現し、人々に命の素晴らしさを気付かせるのが芸術家の使命である。京都は学びの場であり、芸術家を育てる街である。

人の魂を材料として、そこにかつてなかったものを存在させる。そして、過去に築いてきた栄光、誇り、憐れみ、慈悲、犠牲、感動、希望、勇気、生の意義などを人々に伝えることができるのが、芸術家である。芸術家はその責任と義務を負っている。